ジャーナル
2026年3月30日

曲の持つ世界観を奇跡の歌声で表現する藤木大地

カウンターテナーの藤木大地が「びわ湖の春 音楽祭」に帰って来る。びわ湖ホールへの登場回数も多く、今ではすっかりびわ湖ホール所縁の歌手の一人だが、特に印象的なのはコロナ禍で公演中止が続いたびわ湖ホールにおいて、主催公演の再開を飾る最初のコンサートが2020年7月の藤木のリサイタルだったのだ。会場を予定していた小ホールから大ホールに替え、座席間隔を十分に空けた空間に藤木の歌うバッハ『ロ短調ミサ』のアリアが鳴り響き、胸に沁みた。ナマの音楽の必要性と有難さを実感した瞬間だった。

奇跡の歌声を持つ藤木大地、元はテノール歌手だったことをご存知だろうか。周囲の評価は悪くなかったものの本人は行き詰まりを感じ、歌手をやめて制作の現場に転向することも考え、ウィーンで文化経営学を学んでいたそうだ。そんな時、風邪で声が出ない中、裏声で軽く歌ってみたところ、カウターテナー転向への可能性を見出したとのこと。そして2012年には「日本音楽コンクール」で史上初となるカウンターテナーでの優勝を果たす。そして2013年にボローニャ劇場、2017年にはウィーン国立歌劇場にデビュー。その後の国内外での活躍はクラシック音楽ファンなら周知の事実で、圧巻の一言に尽きる。

びわ湖の音楽祭には2023年、2024年に続き3度目の出演だが、今回は25日のメインロビーでの無料公演(13:20~)と、小ホールでの初のア・カペラ公演(14:15~)となる。無料公演は芸術監督 阪哲朗の弾くピアノとの夢の共演で、曲目は当日発表だとか。これは楽しみだ! 小ホールの公演は藤木一人でステージに立つが、プログラムはどれも藤木の歌唱で曲の持つ世界観がはっきりするものばかり。『さくらさくら』『さとうきび畑』『からたちの花』から、野球少年の藤木らしく『栄冠は君に輝く』、そして『翼をください』『メロディ』『瑠璃色の地球』とポップスの名曲まで。個人的にオススメなのは『大きな古時計』だ。誰もが知る何でもないこの曲、おじいさんを見送る気持ち、逆におじいさんが愛する人を残して先に逝く気持ちが絶妙に歌われていて、堪らない喪失感を藤木が教えてくれた。藤木の歌唱に舌を巻き、魅了された忘れられない曲なのだ。涙なしでは聴けないので、ハンカチは必携。例年、完売必至の小ホール公演だけに、チケット獲得に向けた早目のアクションが必要だ。

磯島浩彰(音楽ライター)